〜東方童子異変〜

一章ノ玖《永遠は珠のように繰り返すのか?》

 
「…………手紙? あのパパラッチから?」

 日が暮れ、大地を蠢く者が人から妖怪へと姿を変えた頃。永遠亭へ帰宅した永琳は、うどんげの言葉に戸惑いを覚えていた。

「はい、師匠の留守中に。読めば解る……とか? 天狗は言ってましたけど……」
「……読めば解る、ねぇ」

(ネタ作りに協力…………なんて楽しそうな話じゃなさそうね)

 嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。
 まず、あの烏天狗が――文が手紙という時点で可笑しい。手紙を書くくらいなら、ネタ集めのついでに要件を語りに来るだろう。
 わざわざ手紙をうどんげに渡した事も引っかかる。何もない此処よりも、何かがありそうな人里へ行き、ネタ探しのついでに私を探して手紙を渡すだろう。
 つまるところ――手紙である必要と、私に会いたくない理由があったのだ。多くの場合、前者は後者があってこそだが……

(送り主と差出人が違う、と云ったところかしら?)

 何にせよ、読んでみない事には何も始まらない。
 永琳は一つ溜め息をついた。そんな師匠の様子に、オロオロとし始めた愛弟子から手紙を受け取る。年代を感じさせる巻紙に触れると、仄かに鼻先へ匂い立つ香があった。

(これは………………酒の臭い? まさかっ!?)

「――――ふふふ」
「し、師匠……?」
「ふふふふふふふ……」

 嫌な予感? 確かに、これほど最高に最悪で最低な予感はない!

「まさか、貴女までここに居るなんて……ふふふ、これは何に感謝すればいいのかしら?」
「あ、あの――」
「ねぇ、優曇華院」
「ひぇ!? ひゃ、ひゃい!」
「貴女はあの子の笑顔を見た事あるかしら?」
「え、えぇっと……」
「初めの百年は華々すら息を呑むような耀さだったわ」

 そう、それが永遠に続くものだと思っていた。

「五百を過ぎた頃にはね。月夜に映える宝石のよう、艶やかで静かな微笑み」

 それでも……まだ、あの子は笑っていた。

「八百を過ぎた頃に……悲しげで、寂しげな頬笑みが増えて」

 いいや、それは笑みなどではなかった。

「千年も経った頃かしら。ほんの少しだけ……あの子に笑顔が戻った」

 喜ぶと同時に、ふと気付いた。

「ねぇ、優曇華院」

 永遠であろうと、珠は傷つかずにはいられない。しかし、珠はいくら傷つこうと、転がればまた珠に戻る。永遠に珠のまま。

「笑顔あるあの子が珠なのかしら? それとも――笑顔こそ、傷ついた珠なのか」

 もしも……いや、どちらにせよ――

「…………うどんげ」

「は、はいぃ!」

「これから数日ここを開けます。その間、輝夜の事は頼むわよ」
「え!? し

 うどんげの声など永琳にはもう聞こえてはいなかった。



 そう、どちらにせよ――


         あの子の永遠は、亡くさなければならない。



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