〜東方童子異変〜

一章ノ漆《嘘つき鬼は鬼であるのか?》

 
「うぅ……あの服、お気に入りだったのだけど……」
「萃香、落ちついた?」
「うん……ごめんね、霊夢」
「私にも言うことはないのかしら……萃香」
「うっ……わ、悪かったってば」

 萃香がバツの悪そうな顔で呟いた。吐きすぎたのか、ずいぶんとその顔色は悪い。宴会で下手に飲ませすぎないようにしよう、と紫は深く心に刻み込んだ。

「まぁいいわ……それより霊夢。さっきまでここに妖怪がいなかったかしら?」
「幽香なら居たわよ? 後はえっと……」
「……朱天」
「そうそう、そんな名前の鬼が一匹来たわよ」
「やはり……萃香」
「何、紫」
「私達は貴方と勇儀以外の鬼が地上に昇る許可を出した覚えはないのだけれど」
「あれは元から地上に居た鬼だよ。もう二度と見る事はないはずだった、ね」

 萃香は弱々しく溜め息をついた。その様子に、紫は灰色の脳細胞を活性化させる。
 やはり、萃香の様子が可笑しい。
 そもそも萃香は同胞たる鬼を呼び戻すという目的を持っていたはずだ。ならば、朱天という鬼に対する歯切れの悪さは可笑しい。鬼という種に誇りを持っている萃香だからこそ、苦手な者だろうがその同族を得意げに話してしかるべきなのだ。それに鬼が吐くほどになるまで飲む事からして異例。

(まして、この私が騙されるなど――)
「萃香、あの鬼の事を詳しく話なさい」
「残念だけどあんまり知らないよ。せいぜい名前と不定期で数百年寝てる事…………あと、能力」

 紫の視線に大きく瓢箪を煽る萃香。霊夢と紫を交互に見、そっと呟いた。

「朱天が話してる時、何か違和感がしなかった? 朱天を見た時、何か別の存在に見えた事はなかった? 朱天に《嘘》をつかれ、《嘘》を利用され、騙された事はなかった?」

 カチリ、と紫の中で何かがはまる音がした。

「そういえば、さっき紫に何か聞こうと思って……何を忘れたのかしら」
「ねぇ、霊夢。貴女は鬼が出る昔話を読んだことはあるかしら?」
「そりゃあるけど……何よ藪から棒に」
「昔話に出てくる鬼は大きく二つに分ける事ができるわ。嘘をつかない鬼と、嘘をつく鬼の」
「何でそこで分けるのよ。別に鬼が嘘をついたって良いじゃない」
「それは人間に妖怪を、妖怪に人間を超えろと言っている様なものよ。妖怪は妖怪足りうるために、妖怪として定められた在り方を生きなければならない……」

 つまり鬼は――

「嘘をつく事が赦されない。鬼が鬼足りうるには嘘をつける筈がない」
「昔話は間違いで、嘘をつく鬼は鬼じゃないって事?」
「私も今日まではそう思っていたわ。けれど、それは違う。そうよね萃香」
「……嫌になるくらいに鋭いね、紫」
「貴女の様子と、これだけのヒントを貰えば流石にね」
「えっと……どういう事よ萃香?」
「つまりね、霊夢。鬼で在りながら【嘘をつける程度の能力】の持ち主なんだよ、朱天は……」

 紫と同じくらいに厄介な能力の、と萃香は心の中で付け足した。


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