〜東方童子異変〜

一章ノ伍《嘘をつくモノ》

 
 舞い散る紅葉を愛でながら、妖怪賢者の一人、スキマ妖怪八雲紫通称紫ババァは博麗神社への階段を上っていた。

「……意外と腰に来るわね」

 普段なら空間の境界を操り、神社直通のスキマを開けるところだ。だが、今回はそれを出来ない訳がある。
 事の始まりはついさっきまでいた命蓮寺、そのトップたる聖白蓮とのやり取りが発端だ。幻想郷での決闘のルール、即ちスペルカードの取り決めを今さら紫自らが届けたところ、
 ──随分御年を召していらっしゃるようですから、あまり激しい運動は御止めになった方がよろしいですよ……階段上りとか──
 再び魔界に封印してやろうかこのニューババァ、と思ったのは言うまでもない。しかし、外の世界でスキマを使って楽ばかりだから、と年寄り扱いを受けているのは紫も知っていた。
 だから紫は上っている、瑞々しく若々しい身体でこの苦渋の階段を。息を切らしている様に見えるが、辺りの空気を楽しんでいるだけに過ぎないのだ。

「ぜぇぜぇ……み、水」

 ……楽しんでいるだけに過ぎないのだ。

「はぁはぁ……あら、あれは──」

 階段の上、神社の方から誰かが降りてくる気配を感じた。何の力も感じ取れない、という事はただの人間なのだろうか。
 それにしては可笑しい、と紫は直感した。
 考えてみれば当たり前の事だ。妖怪退治の専門神社へ向かうとしても、妖怪の蔓延る場所に態々来る馬鹿はいない。その事実を知らなかったとしても、霊夢か萃香が人里まで送り届けるはずだ。増してや、気まぐれに呼び込んだ外来人にもあんな女はいなかった。
 紫は朱い着物の女は擦れ違い──

「貴女、何者かしら?」
「私かい?」

 余裕か、女は振り向く事なく答える。

「見ての通りの人間さね。あの鬼――萃香とは古くからの知り合いでねぇ。元気にやってるか見に来ただけさ」
「……そう」

 背中を向けたまま、紫は胸元から札を用意していた。取り敢えず、あの女は捕縛するべきだ。彼女の勘がそう告げている。
 振り向き、紫は札を振るう。それを知ってか知らずか、女は背を向けたまま足を止めた。

「あぁ、そうそう」
「何かしら?」
「いやいや、お前さんに一つ嘘ついてたのを思い出してね」
「あら、嘘ってな──ッ!?」

 気配が──変わった。
 紫は思わず声を詰まらせた。先ほどまでは微塵も感じられなかった力が、女の身体から溢れ出ている。しかも、そこらにいるような妖怪が持つ力ではない。
 むしろ、萃香達と同質同等の──

「早く行くといいのさ。巫女も小鬼も心待ちにしてるかもしれないからねぇ」

 嘲笑うよう口にし、女は去っていく。追うかどうかを逡巡する事もなく、紫は目の前にスキマを開いた。
 戦っている暇などあるはずがない。

(霊夢、萃香、無事でいなさい──ッ)

 紫の焦りと裏腹に、スキマが静かに閉じていった。


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