〜東方童子異変〜

一章ノ参《違和感》

 
「はい、お茶……言っとくけど、お酒は出さないわよ」

 取りあえずお茶を出した霊夢だったが、まだ目の前の光景が信じられなかった。
 名立たる大妖――八雲紫の前ですら強気の態度を崩さず、その実力を知っていながら平然と喧嘩を売る小鬼――伊吹萃香。
 その萃香が、朱天と名乗る鬼が来てから、借りてきた猫のように大人しい。

「や、私ゃ酒が苦手でねぇ。ありがたく頂戴するさね」
「……よく言うよ、朱天。毎日樽一つは飲むくせに」
「そりゃ鬼の性、私なんて可愛いもんさ。萃香は倍どころじゃないだろう?」
「私はお酒大好きだから……むぐ!? な、なぜるなぁ――っ!!」
「いいじゃないのさ、減るもんじゃなし」
「減る! 減ってる!? 煙を上げて縮んでるぅ!!」
「や、よかったねぇ。萃める程度の能力があって、あっはっはっはっはっ!!」

 萃香を膝元にのせ、朱天が豪快に笑う。高速で動く朱天の手が萃香の頭をガリガリ削っているが、本当に大丈夫なのだろうか。

「霊夢! あたいにもお茶!!」
「何であんた何かに……って、天狗は?」
「さっき逃げるように出ていったわよ。たった鬼二匹で逃げるなんて、小心者よねぇ」

 幽香、あんたも入れたら鬼は三匹だ、と霊夢は心の中で口にした。そもそも鬼一匹で普通の天狗や河童は逃げ出すのだから、まだ度胸がある方ではある。
 尤も、椛にしてみれば三どころか四の鬼を相手にしているような心境だったのだが。

「はい、お茶よチルノ」
「あたい、あっちいのは飲めねぇ!」
「知らないわよ……幽香は?」
「あら、出涸らしなんて要らないわ」

 幽香は霊夢の申し出をぞんざいに断ると、ジッと二人の鬼を見つめた。グッタリと動かなくなった萃香(何か、縮んでない?)からすぐに視線を外し、それを楽しげに見る朱天に向ける。

「そこの鬼、私にお酒を分けてくれないかしら」
「萃香じゃなくて私かい?」
「少なくとも、ここのお茶よりずっとマシでしょう? それに小鬼のお酒は飲んだもの」
「ふむ。んじゃま、あげるから適当に注いできな」
「あ、じゃあ私も貰っていい?」
「……ゃ、やめときなよ霊夢。そのお酒、すごい物足りないから」

 ようやく復活した萃香は今にも消え入りそうな声だった。そして間違いなく、その身体が半分以下に縮んでいる。幼女どころか七色の人形使いが気に入りそうなサイズだ。

売れないかしら……て、どういう意味よ?」
「だってそれ『月のお酒』なんだよ」
「月のお酒……?」
「や、月の民に親友がいてねぇ。寝る前に頂いてきたのさ」

 へぇ、と生返事を返して霊夢は一口飲んでみる。
 ──洗練されたうまさ! スッキリとした味わいのハーモニー♪

「あら、美味しいじゃない。エリーとくるみの分も代わりに頂こうかしら」
「……あんた遠慮ないわね。けど、確かに美味しい。萃香、何がいけないのよ?」
「だ、だって! ガツンとこないというか、淡白というか、酔えないというか……」
「萃香も勇儀も雑多で力強いのが好きだからねぇ。ま、私はどっちも好きだけど」

 くっ、と朱天はお茶を煽る。鬼が茶を飲む珍しい光景のはずなのだが、どうしてだろう、よくある光景にしか見えない。

「う、ぅ〜」
 一方、チルノは未だにお茶を飲んでいなかった。懸命に冷まそうとしているのだが、どれも失敗している。『アイシクルウォール《easy》』の正面は安置だぞ。

「さ、最強のあたいが遅れを取るなんて……あんたやるわね!」
「チルノ、まだ飲んでなかったのさね」

 見かねたのか、朱天が隣のチルノへ視線を向けた。湯気の出る湯飲みを片手で掴むと、朱天は小さく驚きの声を漏らす。

「おや──」
(────え?)
「もう随分冷たくなってるじゃないのさ。これなら飲めるだろう?」

 つられて、霊夢もチルノの湯飲みを見る。
 薄く冷気を漂わせる湯飲みは相当冷たいものだろう。これなら、チルノでも飲めたはずだ。

(チルノは何でお茶を飲まなかった……のか?)

 何だろうか、この違和感は。何かが可笑しい。何より、違和感がある自身と可笑しいと思う自身が可笑しく違和感がある。

(何よ、これ……)

 答えを探すように霊夢は視線を辺りに彷徨わせる。
 チルノのは普通にお茶を飲んでいた。朱天はどこか意地の悪そうな笑みを浮かべている。萃香は──

「…………っ」

 何故か、苦虫を噛み潰したような苦々しい表情をしていた。

「貴女……面白いわね」

 幽香が薄く笑みを浮かべた。何が面白かったのか、霊夢には全く解らない。

「一人だけ何も無しってのは可哀想だろう?イジメはいけないのさ……えぇっと?」
「風見幽香よ、幽香で構わないわ。貴女は朱天と呼べば良いかしら?」
「そうさね。私は氏が嫌いだから」
「そう。それなら朱天、今から弾幕勝負をしましょう。貴女なら中々楽しめそう」
「……弾幕勝負、ねぇ」

 朱天の顔が渋りを見せた。

「悪いけど、私ゃ遠慮させてもらいたいかねぇ」
「あら、鬼とあろう者が怖じ気づいたのかしら?」
「や、私はもう──」

 ガタン、とチルノが立ち上がった。どこぞの名探偵のように幽香を指差し、片手で朱天を隠す。
 萃香は嫌な予感がした。いや、今までしっぱなしだった嫌な予感の中でも一番強い予感を覚えたと言うべきか。

「あたいの友達をイジメるな! 朱天より、あたいの方が最強なんだからあたいと勝負だ!!」
「ちょっっっっっっとMATTE!! 朱天が、鬼が妖精ごときに負けた? ううう嘘だよね朱天!!!」
「や、そうさねぇ。本当としか言いようがな──」
「キサマァァァアアァァァ!?」

 まさに鬼の形相で萃香が朱天を揺さぶった。残像すら浮かぶ状況にも関わらず、朱天は愉しげに笑っている。勇儀から鬼は案外まともな存在だと霊夢は思っていたが、違うのかもしれない。

「……白けたわね。霊夢、私帰るわ」
「出来れば二度と来てほしくないんだけど。で、用事って何だったのよ?」
「ああ、そうそう。明日ようやく立て直せた夢幻館に一旦帰るから、その間に御花の水やりを頼むわ」
「……何で私が」
「あら、夢幻館を壊したのは貴女達じゃない。それにやってくれるならそれなりの報酬を出すわよ?」
「はぁ、分かったわよ」

 返事に満足したのか幽香が微笑む。その姿を見、揺らされたままの朱天が言った。

「や、もう帰るのかい?」
「ええ。貴女、その内お酒を運びに夢幻館に来なさい」

 幽香が指先から紙を飛ばす。それは見事額に突き刺さった、チルノの。

「あたいヤバイ!?」
「や、地図とは助かるのさ。明日にでも行こうかねぇ」
「それが良いわ。じゃあね、朱天とその他の皆さん」

 優雅に一礼し、幽香は帰っていった。
 朱天が小さな暗い笑みを浮かべていることに気付かずに──

「さて、私もそろそろ帰るかねぇ」


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