〜東方童子異変〜

一章ノ弐《鬼の錯乱》

 
「お見苦しいところを見せてしまい、どうもすみませんでした」

 平静を取り戻した椛は三指をついて深々と頭を下げた。何か可笑しいと感じつつも、お茶を出して霊夢は応じる。

「はい、お茶……べ、別に、あんたのために淹れてあげたんじゃないんだからね!!」
「…………へ? あの……」
……こう言えばお賽銭が入るんじゃなかったの!? 紫め、後でどうしてやろうかしら……
「え、えっと……?」
「気にしなくてもいいわ。それで? あんた幽香に何されたの?
……文様が『伊吹様は向日葵がお好きなようだから、ここから5〜6本引き抜いて持っていくと良いわよ。はい、これ地図』と
…………災難だったわね
はい……3本目までは順調だったんですが……
けっこういい度胸してるわね……えっと、何しに来たんだっけ?」
「はっ、伊吹萃香様に大天狗様と文様から密書を預かってまいりました」
「密書、ねぇ……」

 チラリ、と霊夢は脇を見る。
 やけに大人しいと思ったら、萃香と幽香──二人の大妖は何やら地図を書いていた。どうやら花が咲いている場所を記しているようだ。『ゆうかりんランド建設候補地』と書かれていたのは気のせいだろう……気のせいであれ。

「だってさ、萃香。早く読んであげなさいよ」
「え〜こっちは忙しいから霊夢が代わりに読んでよ」
「はぁ……あのHはあんなこと言ってるけど、私が読ませてもらっていい?」
「構いません『伊吹様がいない場合は博麗の巫女に読ませるように』と」
「……嫌な予感しかしないわね。まぁいいわ。萃香、読むわよ?」
「お〜」
「えっと、何々『拝啓、伊吹萃香様。新緑の輝きが燃える様な赤色と黄色に染まり稲穂が垂れる豊穣と紅葉の神々が御座します季節の来る時期へとなり……』長いわね、これ」
「あー大天狗の手紙は前文長いから最後のだけ読んで〜」
「それを先に言いなさいよ。えっと『この度の事、子細は烏天狗が射影丸文に御聞き下さい』……何よこれ?」
「縦社会ではよくあることよ、霊夢。烏天狗の方も読んでみたら?」

 幽香に急かされ、文の手紙を手にとってみる。大天狗の手紙が札束並みの太さがあるのに対し、文の手紙はまさに紙切れ一枚の厚さだった。

「今度はやけに薄いわね……『椛に聞いて下さい』って、何よこれ」
「うわ、すごい責任転嫁だね……もしかして私、なめられてる? 山の四天王の私が? 天狗風情に?」

 萃香が珍しく苛立った様子で視線を椛に走らせた。似た表情を霊夢は最近見たことがある。
 それは二週間程前、宴会の席での出来事だった。
 萃香の飼っていた酒虫を酔っ払った勇儀が一発芸に丸呑みしたのだ。
 ──…………覚悟しろよ、この虫呑み女郎!!──
 まさに鬼神の名に相応しいものだった、と後に神々が語った小さな異変。その時に見せた表情に、凄味も殺気も足りないものの、あまりに今の表情は似ていた。

 椛、オワタ\(^o^)/

「ねぇぇ、椛。どーいう事かな?」
「わ、解りません。ただ私は、大天狗様には『文様には絶対に見せるな』と、文様には『大天狗様には絶対見せないでね』と……」
「……天狗の内部事情が知りたいねぇ。今から抜き打ちで見に行ってやろうかなぁ」
「お、お待ちください! 一つ心当たりがあります」
「まぁ、あんたに聞けってあったんだからそうでしょうね。まず聞いてあげたら、萃香?」
「うむ、嘘をつかずに話してみな」
「はい。あの、おそらくは今朝山に来た鬼の事だと」
「あれ? また勇儀こっちに来たの?」
「いえ、違います。御着物を召していて、今朝久しぶりに起きたと仰っていましたが」
「着物? 久しぶりに起きた?」

 何かを考え込むように萃香はうつむく。

………………まさか、ね。あいつが起きてるはずはないし……ごめん椛、そいつの名前解る?」
「はい、『八俣河朱天』様で――萃香様? どうかなさいましたか?」

 いつの間にか、萃香は顔を上げていた。
 まるで身体の水分を疎めるかのよう、汗をダラダラと流している。少なくともこの場に居る全員、こんな顔をした萃香を見た事がない。

「……ねぇ、霊夢」
「何? 畳が汚れるから汗は萃めときなさいよ」
「少し百年くらい身を隠してくるよ♪」
「え? ちょっと萃香!?」

 制止の言葉を霊夢が言い切る間もなく、萃香は境内へと飛び出していた。

「スペルカード宣言! 酔夢『施餓鬼縛りの術』!!」

 飛びだした勢いをそのままに、お札――スペルカードを萃香は発動させた。
 スペルカードとは、数多くの妖怪が蔓延る小さな幻想郷で作られた決闘ルールだ。人間と妖怪を対等に、また強い妖怪が必要以上に力を出さないようにするための一種の枷である。
 カードに名前を残した己の得意とする様々な業をぶつけ合い、余力の有無ではなくそれらの業を攻略されたか否かで決着をつける。いつもどこかで行われている、ある意味全面戦争よりも平和的で大ブレイク中な決闘方法だ。
 尤も、スペルカード自体には何の力もないため、日常で使う意義はあまりない。

「ふっ!」

 萃香は出した鎖を鳥居に巻きつけ、勢いそのままにぶら下がり――

「ふふ、スペルカード宣言。花符『風花円舞』」

 瞬間、無数の色彩を持つ花弁が揺蕩い、ゆったりと萃香の姿を覆っていた。

「……え? 何してるんだよ幽香!?」
「……え? ただ貴方を捕まえただけよ」
「別に私を捕まえる意味ないでしょ!?」
「だって、逃げる者は捕まえたくなるじゃない。鬼ごっこがあるから鬼もそうなんでしょう?」
「それ何か違うよ!?」

 二人がやり取りをしている間に、花弁の輪は段々と小さくなっていた。一枚一枚は小さいながらも総てが強力な魔力を帯びており、このまま当たるのを待つのは危険だ。

「なら、力ずくで――」

 素早く周囲の熱を萃め、手元に火の玉を作り出す。
 萃香は確信していた、いくら強化されていようが所詮は花弁。燃やしてしまえばどうという事は――

「あぁ、萃香。私の花、燃やしたら殺すわよ?」
「――へ?」

 尋常ではない殺気に中てられ、日常なれしていた萃香の判断が一瞬鈍る。

「あ……ちょ、ちょっと待った!?」

 無論制止が届く事は無く、花弁が萃香の身体に触れた。
 パン、と火薬が炸裂したような音を響かせ、七色の魔力光が迸る。萃香を囲んでいた花弁は秋の葉の如く空を染め上げ、まさに打ち上げ花火のようだ。

「……皮肉ね、幼女の方が綺麗な花が咲く」

 くるり、と傘を一つ回し、幽香は社内へ戻ろうと身を翻した。だが、踏み出さず足を止める。

「霊夢」
「何? お賽銭くれるの?」
「お客さんよ。それも、妖精と妖怪が一匹ずつ」
「どーせまたチルノとルーミア辺りよ」

 元々この神社に来る妖精などチルノか三月精しかいないのだ。加えて妖怪と一緒に居るのならば、もうチルノ率いる四人組の残りの誰かでしかない。

「はぁ、仕事を増やさなければいいけど」
……その時あたい思ったんだ! やっぱりあたいは最強だってね!!……
「ほら、やっぱりチルノじゃな――」
……そぉさねぇ。その力、妖精じゃあ敵無しだろうねぇ……
「……聞いた事ない声ね」

 霊夢の持ち前の勘が、厄介そうな気配を感じ取った。念のためにお札を用意し警戒していると、階段の上ってくる声の主達が見えてきた。

「うん! あたいったら最強ね!!」

 一人は間違いなくH氷の妖精チルノだ。妖精という人間より弱い種にありながら、妖怪を倒してしまえるほどの力を持つ妖精。持ち前の明るさから色々な交友を作っているようだが、今回チルノが連れてきた妖怪はその交友の輪の外に違いない。そう、霊夢は一瞬で考えた。
 間違いなく、彼女とは格が違う存在だからだ。

「……鬼じゃない」
「あらほんと、鬼だわ」

 まさかの光景に呆気にとられる霊夢、楽しげに同意する幽香、何かやったのか部屋の奥に隠れる椛、あたい最強と連呼するチルノ、
 そして――打ち上げ花火にされて地上に落ちてきた萃香は再び汗をダラダラとながし、

「…………ひ、久しぶり、朱天」
「おや、萃香じゃないさ。噂の弾幕ごっこでもしてるのかい?」

 ニ本角の鬼――朱天は小さく笑みを浮かべて尋ねた。
 

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