〜東方童子異変〜

一章ノ壱《来客》

 
「ゲンザイ、オサイセンバコノソウガクハ、ゼロォッ!! エンデス」

 響いた電子音声に、紅白巫女――博麗霊夢は悲しげに溜め息をついた。
 とある白黒魔法使いがカッパに作ってもらってきたらしいのだが……これは虚しい。ゼロ金額を強調する辺り、嫌がらせとしか思えない。

「はぁ……やってられないわ」

 筆を放り出し、霊夢は丸机に頬杖をつく。奉納金を増やすためにお守りや絵馬を作ろうと思ったまではよかったが、作るのがあまりに面倒臭い。

「どうにかこの生活から『浮け』ないかしら……」
「れ〜むぅ〜、口を動かす前に手を動かしなよ」
「解ってるわよ、萃香。あんたこそちっちゃいの増やせないの?」

 机越しの言葉に、伊吹萃香はむっと頬を膨らませた。ご丁寧にも、彼女の分身達も同じ表情で霊夢を見ている。外見幼女の彼女にはとても似合っている仕草ではあるが、年相応のカリスマは欠片も存在していない。鬼だからなのだろうか?

「二十も出させてまだ増やせって? ふとーろーどーだ!」

 そーだそーだ、とちび萃香達も騒ぎ始める。同一個体だろうが。自演するんじゃない。

「ふと……? 何よそれ?」
「最近幻想入りした言葉だってさ。紫が言ってた──意味は知らないけど」
「へぇ……どんな意味なんだろ」

 言葉の意味を夢想しつつ、心持ち一息入れようと、霊夢はお茶をすする。
 ――が、薄い。あまりに薄い。これではまるでただのお湯だ。流石に五回目はキツかったか。

(せめてあと茶葉を買えるくらいの蓄えが欲しいわね……食事は問題ないし)

 とある一件から萃香という食いぶちが増えた常時金欠博麗神社であるが、実は食生活に関しては以前よりもずっと良くなっていた。
 伊吹萃香は『密度を操る程度の能力』の持ち主だ。その能力を利用して、物を萃める事や小さな自分を作る事、はたまた自身を霧に変えたりする事ができる。一時期、幻想郷に霧となって漂っていた萃香はその時色々な穴場を見つけたらしい。目当てのモノがいる場所が解っていれば、後は彼女の独擅場だ。まず食べる物には困らない。

「そういえばあんた茶葉とかは萃められないの?」
「できるよ。無縁無差別だけど」
「はぁ、役に立たないわね」
「しょうがないじゃん。お酒以外めったに飲まないんだから〜」

 口にして伊吹瓢の酒を一気に煽った。『まさに萃香!!』とでも聞こえてきそうな態度だ。

「それよりもさ、もう止めてパーっと宴会でもしようよ〜」
「……何をHなこと言ってるのよ、この酔っぱげ幼女は」
「明日よりも今だよれ〜むぅ〜それにどーせ殆んどゴミになっちゃうんだから」
「……今からあんたを散々使い倒してボロ雑巾にしてもいいのよ」
「さぁって、萃香がんばっちゃうぞ〜」
「残念ね。小鬼の襤褸雑巾なんて滅多に見れないから見てみたいのに」

 背後からの声に、霊夢は面倒臭そうに振り向いた。視線の先、傘でふすまを抉じ開けるようにして一人の少女が覗いている。

「あー幽香だ!」

 少女――風見幽香は優雅にスカートを摘まんで見せた。温和な笑顔を浮かべているが、その笑顔の裏が怖い古参妖怪の一角である。

「実は少し相談したいことができたのよ」
「いきなりだね、幽香」
「相談……? 魔理沙なら今日いないわよ?」
「問題ないわ。魔理沙のところにはもう行ったから」
「……珍しいわね。私に用があって、しかも一人でここに来るなんて」
「あら、私だけじゃないわよ」
「――大天狗様と文様から密書を預かっております」

 幽香の後ろから、一つの影がずれる。

「突然の訪問、その無礼をお許しください。伊吹萃香様」

 白狼天狗――椛は小さく礼をした。





「無礼とかはいいんだけどさ……えっと、どうしてそんなにボロボロ?」
「そ、それは……」
「あぁ、霊夢、お茶をくれない? 一仕事の後は一服するのがルールでしょ?」
「………………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
「ま、まぁ二人とも上がりなさいよ。ほらそこの天狗、涙を拭いて」
 

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