――これは遠い記憶。
これは僕が審判者になる前の記憶。
姉さんがいつも言っていた言葉は、いつも僕”達”と言う秘密に関してだった。
それは”秘密”を守るための秘密の”約束”。
その言葉に僕はいつも首を縦に振って了解の意思を姉に伝えていた。
そうすると姉さんはいつも笑いながら僕を抱きしめていい子だねと言い聞かせてくれていた。
抱きしめる姉さんの感触が柔らかくて温かい。その感触がたまらなく愛おしくて、照れくさくて……僕はいつも頬を朱に染め上げていた。
「人の前では、決して魔法を見せちゃだめよ?」
その言葉を聞いたのはこれで何度目だろうか。
姉さんの言葉は聞きあきたものだった。しかしそれはとても大切な事で、絶対に守らなくちゃいけないものだった。
だけど、僕は……。
「あ……」
空に立ち上るのは黒い”雲”。
僕達姉弟が住んでいた所から少し外れた森の中で、僕を染め上がるのは人の中にあったはずの紅き液体。燃え広がる炎はまるで僕を罰する地獄の番人の様だ。
そして目の前にいたのは……。
「あ……あぁ……!」
空を突き抜けるほど大きな巨体。
その姿はかつてこの世界に君臨した”王”……いや、”王になれなかった者”であった。
山を巻き込み、海をも埋め尽くしたほどの巨体はまさに”彼”がどれほど強大であったかを物語っていた。
だからだろうか、僕はその存在の強大さに恐ろしさを感じていた。
いや違う。
その存在が僕の中から飛び出し、そして止めようとした姉がその存在に引き裂かれたから。僕は恐怖を感じていたのだ。
その血があまりにも生々しくて。
それが姉さんの者だった事を信じたくなくて。
ただ僕は軽くなってしまった姉さんの体を抱きしめて、恐怖に震えていた。
そして、その巨体の口にくわえていたのは、僕の魔法を偶然に見てしまった少女だった。
その姿はすでに半分に引き裂かれ、生きているとはとても思えなかった。
その子とは面識があるわけがない。
だが、だからこそ。僕は彼女を巻き込んだ。
彼女がここにいたと言う事を知らなかったせいで、僕は彼女を”殺してしまった”。
その巨体が恐ろしい。
その存在が禍々しい存在という事が恐ろしい。
姉さんは何と言っていた?
「人の前では、決して魔法を見せちゃだめよ? 破れば、私達の中に潜む”悪魔”がやってくるから……」
悪魔って何だ?
悪魔とは、神に背き、己が業によって地獄に落ちた。この世の悪の象徴。
そして今、僕は姉さんとの約束を破った。
ならば、今僕の目の前にいるのは悪魔なのか?
もし悪魔ならば、僕はきっとこの悪魔に魂を食べられてしまうのだろうか?
『おい、餓鬼』
突然のぶとい声がその巨体から発せられ、思わず体が強張ってしまう。
『おい、餓鬼。お前だよ、お前。』
少しフランキーな声にたじろぎながらも、警戒だけは解かずにそのモノの言葉に耳を傾けていた
漆黒の巨体に紅く灯る瞳の視線が僕を射ぬき、それだけで僕の自由が始めからなかったかのような錯覚を覚える。
「あ、は……い」
恐怖で潰れそうになっていたのどを動かすように必死に命令し、かすれた声でその悪魔に答える。
その声はあまりにも小さくて……。この声がその巨大な悪魔に聞こえたかどうかは謎だった。
『おぅ、聞こえたな。一つ聞くが、お前が呪われた一族の末裔か?』
そんな僕の不安は杞憂と言うかの如く巨大な悪魔は僕に告げる。
しかし、その後が問題だった。
巨大な悪魔が発した言葉の意味がわからない。
まず、悪魔が僕に対して問うているのか。もしそうなら呪われた一族の末裔が何なのか。彼がなにを望んでいるのか。それが僕には全く予想もできなかった。
『わからないって顔してんな? まぁ、それもそうか。お前みたいなチビが自分の出自を正しく理解してるともおもわねぇからな』
そういうと、その怪物は空高くに位置していた自らの顔を僕の目の前まで移動させてきた。
僕の真近にあるその顔は近くで見るとさらに大きくて、僕の視界のほとんどがその巨大な悪魔に埋め尽くされていた。
『ンな怯えんじゃねぇよ。ビビらなくても、お前さんを食べたりはしねぇよ。俺はこれからお前の相棒になるんだからよ』
そういうと、その巨大な悪魔の体がまぶしく光り輝く。
そして、次の瞬間には。
『俺は、ワームのオルムだ。よろしく頼むぜ、審判者《夢縫い》殿』
巨大な悪魔に咥えられていた巻き込んだ少女が悪魔が消えてしまったが故に支えを失い、地面に数度転がる。そして目の前から消えた悪魔は、少女の首から下げたカメラにその姿を変え、声を発していたのだった。
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