幻想の夢
―第一話 第七章 C―
著者:B-ta



「なにが、起きたの……?」

 突然草原の上に現れ、立ちすくむ狼は混乱を抱いていた。
 先ほどまでは自らの存在が見つからぬように身を隠していた彼は、自らの体に起きた事に驚きを隠せずにいた。
 だが、彼の中に生まれた感情はもっと深く重い恐怖だった。

「なん、なの? あれは?」

 彼の目の前に地面から現れるかのように目の前に出現したのは、自らの体と同じくらい大きな一匹の蛇だった。
 しかしその体面に纏ううろこは通常の蛇の鱗とは違い、その一枚一枚が鋭くとがり、土色にその身を宿している。
 それだけならば、太陽を追いかけ、喰らおうとすらしたフェンリルの子であるスコールには恐れる必要などないものである。
 だが、彼の瞳に映る蛇は何とも醜悪な姿をしているのだろうか。
 いや、姿ではない。彼の周りにある雰囲気そのものが彼に恐怖を抱かせる。
 スコールが一言で目の前に蛇を例えるならば、その蛇は”呪”そのものであった。
 蛇を覆う空気が、毒霧のように周りにいる生物が力を失くす。 
 蛇の立つ地面が漆黒に染まる。
 いや、それは只の幻覚だ。そこには先ほどとさほど変わりのない暖かな風が吹く草原であり、そこに何も変化などはなかった。
 だが、それでも彼の持つ独特の雰囲気がスコールを怯ませる。
 この蛇は一体何者なのか、と。
 しかし、そこでスコールは、ふと始めに抱いた驚愕を思い出す。
 なぜ、この恐怖の体現者のような蛇はスコールの目の前に現れたのかと。
 自分は先ほどまで結界を作るために身を隠していた。だが、気が付いたら自らの体が大きくなり、草原の上に姿を現していたのだ。こんな魔法をスコールは知らなかった。
 いや、違う。一度だけスコールはこういう魔法の存在を耳にしていた。
 それは父、フェンリルから聞いた、最終戦争時に一度だけ使用された魔法。名を――”規格化の魔法”という。
 それは、魔法の存在である神々が、魔法の力に比例して大きくなり、魔法の力を微弱にしか持たぬ巨人を縮小化させた奇跡の魔法。
 その魔法が使用されたことで、魔法の存在であるスコールは大きくなってしまったのだと。スコールは遅くなりながらも理解した。
 ならば、目の前の蛇もなにかしらの魔法で出来た存在である。それは容易に想像できた。
 ――おかしい。
 しかしスコールは、そこまで考えて一つの疑問を覚えた。
 魔法の存在である自分と、目の前の蛇が巨大化したはずだ。なのに、そこにいるはずの存在がない。
 先ほどまでいた。エルフの少女――ティニスの姿が。
 どこにいるのかと周りを見回しても、そこには同じように巨大化した姿がない。
 何故……。
 スコールのその疑問は答を待たずにして遮断されることとなった。
 先ほどまで沈黙をたもっていた蛇が突然スコールの巨大な体に巻きついてきたのだ。
 あし、体、腕と下から順番に俊敏な身のこなしでその蛇はスコールの体を締め上げると、その強大で邪悪なあごがスコールの喉を咬みちぎろうと大きく開かれる。
 しかし、そこまでやられて黙っているスコールではなかった。
 太陽を喰らうと言われた彼の顎は、その蛇に負けず劣らず巨大であった。そして、かみつこうとしていた蛇の顎を逆に咬みついた。

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオ」

 その瞬間、ギリギリとスコールを締め付けていた蛇の体の力が弱まり、そのすきをついて、スコールは咬みついていた顎を中心に蛇の体を振りましわし、それを地面に叩きつける。

「ちょ、調子に乗ってもらったら困るよ!!」

 そういって、目の前に倒れている蛇を見下ろしながら、スコールは叫ぶ。
 しかし、その時。スコールは別の違和感を感じていた。
 なん、だ。なにがおこってる?
 先ほどまで自らを縛り付けていた巨体はもう、目の前に転がっている。
 そう、自分は解放されたのだ。そのはずなのに……未だ、体は動かない。
 そう思い、スコールは自らの体を見る。するとそこには……。

「あんたたちが大きくなるこの魔法が、あのクソッたれなカメラの言っていた通りに魔法の力に呼応して大きくなるなら……体は人間でも、ボクの中に眠る魔法の力が同じように大きくなるはずだよね!」

 そこにいたのは一人の人間。
 しかし、それは只の人間ではなかった。
 生い茂る雑草よりも小さくなった人。
 それはこの規格化の魔法で魔力を持たぬ体である証拠。
 しかし、その中に魔法が眠っていたのなら?
 そんな存在はありえぬはずだった。
 人間に魔法を持つことなどありえない。かれらは、魔法を捨てたが故に科学が進歩する世界を切り開こうとしているのだ。
 なのに、目の前にいる人間は魔法を使っている。
 しかもこれは自然系。神より使わされた。自然を守るために生み出された魔物が使う魔法。
 普通の魔物ならば、神の子であるスコールを抑えることなど出来るはずはない。だが、今スコールを縛り上げているのは有象無象に生える雑草や木々からはえている根が地面より這い出て、それが巨大化し、強化されたものだ。
 その根の堅さは、神々の宝具のそれに匹敵する。それをスコールに破ることなどできなかった。
 規格化の魔法は、魔法を増大化する魔法だ。
 そうだ、この人間は魔法を持っている。
 そんな人間がいるのか?
 いや、いるはずがない。
 ならば、この人間は何だ?
 いや、違う。こいつは人間ではない。
 この人間は……、

「さぁ、ボクの大切な場所を汚した罪。払ってもらうよ!」

 エルフと人間の間の子。
 人間でありながら、自らの貯蔵された魔力で老化を知らぬもう一つのエルフ。

 ダークエルフ――ティニス。


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