幻想の夢
―第一話 第六章 @―
著者:白良


 洞窟から逃げてきたツェツェとティニスの前に現れたのは、一本の大きな木だった。
 まるで来るものを抱擁するかのように、大木は優しくその場所にあった。

「ここまで来ればもう安心だよ」

 ティニスは振り返ってツェツェに言った。

「ここは……ここは、ボクの生まれたところだから」

 ツェツェは思い出していた。そうだ、この場所に覚えがあったのは、ティニスと最初に出会った場所だからだ。

「でも、……今は昔のことを懐かしんでる場合じゃない」
「あ、うん、……そうだよね」

 ティニスの言葉は果たしてツェツェに向けられたものなのか、はたまたティニス自身に向けたものなのかは分からなかった。
 だが、過去に想いを馳せようとしていたツェツェは、現実へと引き戻された。確かに今はまだ安心できる状況ではない。危機感が薄らぐほどに、この場所は居心地が良かった。
 ツェツェが元来た道を振り返ると、影たちが"この場所"の手前で立ち止まっていた。ゆらゆらと揺れている影は確たる形がないにも関わらず、まるでこの場所に入っていいものかどうか、逡巡しているように見えた。
 ツェツェ達にとっての居心地の良さは、影たちにとっては居心地の悪いものなのだろうか。
 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。ひとつの影がゆっくりとツェツェ達に近づいてきた、そして、この場所が自分たちにとって大きな影響を及ぼすものでないと分かると、他の影たちも同様にツェツェ達に一直線に向かってきた。

「ツェツェはこいつと一緒に、あの木の傍にいて」
「わ、わかった」

 ティニスはフランを守るつもりなどなかった。しかし、ツェツェが頑なにフランをあの洞窟に置いていくことを拒んだ。ティニスには、ツェツェがフランを守ろうとしているのがどうしても理解できなかった。どうして裏切り者を守る必要があるのか。
 だがしかし、今のツェツェに何を言っても無駄であろうことはティニスが一番良く理解していた。
 だからこそ、ティニスはツェツェを信じるしかない。ツェツェを信じて、そしてツェツェを守り抜くしかない。
 ティニスはツェツェがフランを半ば引きずるように大木のそばまで移動させたのを横目で確認しつつ、キッと影を睨んだ。影は既にティニスのすぐ目の前まで迫ってきていた。

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