「なぁ、一ついいか?」
リインが出した紅く燃え上がる炎しかない薄暗い闇の中。 その顔に笑みを残したままシャルルは目の前で同じように笑うリーネフに向かって問いかける。
「何でしょうか?」
笑みの中でお互いに探り合いをしていた不気味な空間の中。 自らの感情を表に出さぬようにしてか、リーネフも笑みのままそう返す。
「なぜ……森の木を世界の法から外した」
その声は、いつものシャルルらしいどこか抜けたような声だった。 だけどその中でも微かに荒げた声にリーネフは反応し、挑発する。
「世界の法……全ての生命は循環の中にある。つまりは木を燃えなくした事が気に食わないと?」 「森の木が燃えなくなる、それはつまり本来あるべき事がないと言う事は循環から外れると同義……。循環からはずせば、森の木は呼吸をすることも、根から水を得ることもできない。なのに、形だけはそのまま死を受ける事となる。つまり、本当の”生きた屍”となるぞ!」 「……それでいいんですよ」 「なにぃ!?」 「なら、森とはなんですか。人とはなんですか。生命とはなんですか?
この世のありとあらゆるものは一体どこから現れたのですか? 一体どのように現れたのですか? 神なら知っている。神ならわかる。そんな事あるはずもないと言うのに……」
「なにが、言いたい?」 「世界数多の神話……つまり、北欧神話、ギリシア神話、大和神話などなど。世界各地に点在する神話の中で登場する全知全能の”絶対神”。一体、世界すべてで見ると何人いるんでしょうねぇ。 時代が違う? そんな言葉の方がありえないとは思いませんか? 彼らは人間の数万倍。億万単位での寿命を持つのですよ? この地球が生まれて六十億年の間で、神はどれだけ世代交代を 第一、幾多もの絶対神の中。彼らの年代が重ならなかったとおもいますか? 地域が違う? それもまたおかしな話です。彼らには地域や国境など些細な問題でしかなかったはずです。ならば何故彼らの神話の中に激突した話がなかったのでしょうか?」 「……」 「あら、これだけ言ってもわかりませんか? ならこの際です。彼ら……神々がやってきた事について考えてみませんか? 彼らは何をしたのですか。恋をして、怒り、悲しみ、侵略、復讐、戦争……。 これらの行動の中で、何か引っかかる事はありませんか?」
――そう、彼らも人間と同じ。
「ならば、なぜ今この世界を支配しようとしているのは人間なのですか? 人間よりも力も強く、優れていたかつて人に神と呼ばれていた魔法の存在……。彼らは何故、今排除をされようとしているのですか? ――答は簡単です。 彼らは、彼らの神とも呼ばれる存在……そうですね、”創造神”とも呼べる存在に抹消された。だからこの世を支配する事が出来なくなった。そうは思いませんか?」 「神喰らい、いや”フェンリル”……お前、一体何がしたいんだ?」
シャルルの額に冷たい汗が伝う。 それは、暑さから来るのではない。 シャルルの中にあるのは確かな恐怖。 それはフェンリルが恐ろしいのではない。彼の言葉の先の真実に恐怖を抱いていたからだった。
「はっはっは。あなたならもうわかるはず。私が欲しいのは”神代”の復活。人間のために構成されたちっぽけな世界を壊し、魔法のための、魔法の世界を構築する。だからこそ、”夢喰い”……私の仲間になりませんか?」 「はぁ?」
リーネフの突然の発言にシャルルの口から零れるようにそんな言葉が出てきてしまう。
「あなたは闘争を求めている。ならば私と来るべきです! 神代の復活の前には間違いなく戦争が起きる! それも”ラグナロク”をも超える世界最大の最終戦争が! そこには間違いなくツワモノがいる。あなたの欲求が満たされるような強さを持った魔法が存在するだろう! ならば、あなたは私と共に来ても何一つ不自由しない! ですから、何者に使われているかもわからぬ審判者などやめて私ときなさい。あなたの大切な赤龍も一緒に……」 「断る」
リーネフの説得がいい終わるよりも早く、シャルルの口から拒絶の言葉が放たれる。
「なん……ですって?」
先ほどまで薄く浮かべて笑みと引き換えに、リーネフの顔に映るのは明らかな驚愕。 何を言われたのか。 何が起こったのか。 リーネフには何もかもわからなかった。 そんなリーネフを見て、シャルルは余裕を取り戻し言葉を紡ぐ。
「確かに、世界最大の最終戦争……そこに現れるツワモノ……それは魅惑的な事だ。だがなぁ、今の俺の標的はフェンリル……お前だぁ! なら、お前を逃がす理由なんてねぇだろうがぁッ!」
シャルルの強い否定の言葉に、リーネフは俯き黙り込んでしまう。 そして、震える体から必死に絞り出した言葉には明らかな動揺が、怒りが、そこには含まれていた。
「そう……ですか。わかりました。それがあなたの答えですね。ならば……あなたには死んでもらわないといけませんねぇ……」
そう言うと、震えていたリーネフの体から、一筋の銀色の刃が飛び出してきた。 それをシャルルは持ち前の勘で、後ろへと飛び、これを避ける。 しかし地面に着地し、態勢を整えたシャルルの前にいたのは……。
「貴様ごとき小さな体……この私の一口でこの世から消し去ってやるわぁ!!」
先ほどの神父の姿はなく。 代わりにいたのは、銀色の毛を全身にまとった山ほど大きなオオカミの姿だった。 |