「神喰らい……貴様ぁ!」
空高く昇るは黒き炎獄の宣告者。
広がるは地獄の熱をもしのぐ業火。
漆黒に染まる闇をも照らすその火は、リインの中の怒りに呼応するかのように猛り狂う。
この世には多くの竜における伝説がある。
遥か神代より語られ、他のどの魔法よりも有名な伝説となったのには理由があった。
竜とは、何よりも強き者の名だ。
竜とは、誰よりも誇り高き者の名だ。
竜とは、もっとも人間に近い魔法の王の名だ。
故に、人は竜を知る。竜を崇め恐れる。
それは竜の力を知っているから。
竜という存在が、どのようなものかを知っているから。
だから竜は存在する。
その力を……“守る者”としての力をふるうために。
「自らが魔法として存在しながら、自らでその存在を否定し……自分の子を犠牲にしてまで……ッ!!」
荒ぶる炎を身にまとい、その目には怒りを込め、リインはリーネフに向かって歩き出す。
リインの目標は、かつて神を喰らいつくしたと呼ばれる伝説の怪物……フェンリルことリーネフただ一人。
その足の恐れはなく。代わりにあるのは彼女の誇りだった。
しかしそんなリインを見てもリーネフは表情を変える事がなかった。
リインは竜だ。全ての魔法の中でも王と掲げられるほど強力な幻想種だ。
そんなリインが全力で自らを殺そうと歩んで来る。それは人に理解できるような簡単な恐怖ではないはずだった。
しかし、リーネフは笑う。
まるで、リインを嘲るように。
「本当に、相変わらずなお力ですねぇ……あなたは。本当に恐ろしいことこの上ない。しかし、あなたも本当に運のないことですねぇ。今の私には切り札があるというのに……」
「なにッ!」
リインの驚愕を余所に、リーネフは黒く四角い箱のような物を掲げ宣言する。
「さぁ、やってください……オルム。いや、“呪われし大蛇”ワーム」
「な、お前!?」
「わりぃな、赤の姫君。俺も守りたいやつがいるからな」
オルムの言葉が途切れたその瞬間。一寸先すら見えぬ闇の中を切り裂くような強い光がリインを襲う。そして気がついた時にはリインの視覚は奪われてしまっていた。
「……オルム。私は何も相手の目をくらましてほしいとは言ってませんが?」
「さぁな。今の俺に出来ることと言っちゃあこれくらいしかないもんでね。あんたの期待に添えるようなモノは何一つないんだがなぁ」
「……まったく、使えないがらくたですねぇ」
「んだとぉ!?」
「まぁ、しかたありませんね。とにかく厄介な四竜の一角、赤竜の動きを封じたのです。ここまでやってくれればあとは私が……」
そういうと、リーネフは歩きだす。
一歩、また一歩と目が見えず、動きをとることができなくなってしまったリインのもとに向かって。
「おぉっと、そこまでだぜ」
しかし、リーネフがリインのところまで行く前に、その間にシャルルが立ちふさがった。
「おっと、これは夢喰い殿。まさか、こんな短時間でこの闇を克服できるとは思いませんでしたよ?」
「わりぃな。俺はこれでも普通の人間ではないものでね」
シャルルが皮肉を交えながら嘲笑すると、リーネフはそれに返すかのように高らかに笑いながら言葉を紡ぐ。
「それは重々承知してますよ。我々魔法を喰らい、その能力を奪う最低最悪の審判者、“夢喰い”シャルル殿……」
二人は笑う。
犬歯をむき出しにし、お互いに距離を保ちながら……。
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