怨嗟と悲鳴が響き続ける、深い夜闇の底。
無表情をその顔に貼り付けて、少女は声の中を進んでいく。
「なぁなぁ! 頼むっって!!」
少女はその手に異形の大鎌を携えていた。ツタは絡みつき、赤錆に塗れた全形。今にも崩れ落ちそうな外見に反し、大鎌はどこまでも力強く、そして禍々しい。
「おーい! もしもしー? 聞いてっかー?」
背後からかけられる声。そのあまりのしつこさに、少女は振り向いた。
「はぁ……何ですか? 私は今忙しいのですが」
「だーかーらー! 忙しいのが嫌なら別にお前がやらなくてもいいって、だろ!!」
まるで雷鳴のように大きい、悲痛な叫びをかき消す程にハイテンションな声。
声の主は陰鬱としたこの場に似つかぬ少年だった。
「我が変わりに行けば良いだろうって、な! な!!」
「駄目です、貴方程の幻想を現世に還すだけの力は今の私にはありませんから。それに」
「それに?」
「身内の始末は、身内がつけるべきでしょう?」
マシンガンのように声を発していた、少年の口がぴたりと止まる。
「…………そーいうもんかね?」
「ええ、そういうものです」
子供に言い聞かせるように少女は言葉を紡いだ。それに、渋々といった様子で少年は引き下がる。
性格上、この程度で諦める少年ではない。だが、頭の良い相手を説得することがどれだけ大変か、少年は嫌というほど知っていた。
増してや、少年は最も力強いと言われているが、ここでは彼女が絶対の支配者なのだ。力に訴えることもできないのだから、少年にはどうしようもない。
「……な、一つ良いか?」
代わりに、と。少年は一つの疑問を問うことにした。
「何ですか?」
「ここは死者の国だ。人だろうが幻想だろうが死ねばここに来る……だったはず。そうだな?」
「……ええ、そうですが?」
「だったら、何故我が親父殿はいない? まさか――」
「死んでますよ、あのお方は。ただ、魂がここには来ていないだけです」
少年の言葉をかき消すように、少女は急に早口で事実を性急に答えた。
もしも、オルムやシャルルなどといった頭の切れる者がいたのなら、間違いなく何かを感じ取っていたであろう。いや、それどころか五歳児にだってばれてしまうような、それほどまでに不自然な返答。
だが――
「…………そ、そうか。ま、がんばってくれい」
――少年は馬鹿だった。現在進行形で頭から湯気を出してるくらいには。
「ええ、では。留守は任せますよ、トール神」
今なおハテナマークを乱舞していそうな少年を尻目に、少女は光へ去っていく。小馬鹿にするよう微かに浮かべたその笑みは、どこかリーネフに似た気配を持っていた。
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