「ティニスッ! 良かった……無事で……っ!」
「ツェ……ツェ……?」
見慣れた天井、見慣れた家具――見慣れたボクの部屋。見慣れない彼女の涙を止めようと、ボクは手を伸ばした。
「あ……れ?」
けれど、手はちっとも動いてくれなかった。どれだけ力を込めても、身体中に力が入らない。
いったい、ボクの身体はどうしたというのだろうか。
「無理しちゃだめだよ! さっきまで捕まってたんだから!!」
「捕まって……? あぁ、リーネフが助けてくれたんだっけ……」
ボクは全部を思い出した。
あのカメラを持ったお兄さんと戦って、一瞬、カメラの中に封じ込まれてしまったのだ。魂を抜き取る物だとは噂で聞いていたけど、まさか身体ごと封じられるとは思ってなかった。
あの時、リーネフが来てくれなかったらボクは……
「あれ? リーネフは?」
あのエセ神父がいない。そして、彼から借りた力も、今でもボクの中にあるままだ。
ボクは彼の計画を壊すような事をしてしまったのだ。だから、てっきり取り返されてると思ったけど。
ボクの疑問に、ツェツェはどこか言いにくそうに答えた。
「……今、軍の人を私の家に誘導してる。私を探してる旅人さんと会わせるって」
「それってツェツェの家が戦場になるってこと!?」
軍の人間達はボクを――いや、ここにいる幻想を狙ってる。
ボクが戦った旅人は何者かは解らない。けど……幻想を知って、幻想を扱える存在だ。だったら、うまく行けばボクと間違えられるかもしれない。少なくとも逃げる時間はできる。ボクは、助かる。
だけどそれは――
「止めないと! あの家は、あの人とツェツェの!!」
ボクは無理矢理身体を起こす。
この際、ボクのことなんてどうでもいいことだ!なにがなんでもあの家を――
「いいの!!」
いつもより力強く、そして震える手が触れる。立ち上がりかけたボクを、ツェツェは押し止めた。
「ツェツェ……?」
「家なんかどうでもいいッ! 私はっ!! ……私は、もう家族がいなくなるなんて絶対に嫌だよッ!!!」
目に目一杯の涙を溜めてツェツェがボクに懇願する……ボクは何も出来ずに、ただボク自身の不甲斐なさを悔やむしかなかった。
そう、あの時も今も。
もっと、もっと、ボクに力があれば……
あの人を……あの人の子供を……あの人とツェツェの家を……
不意に、ボクの頭にリーネフとの約束がよぎった。
『私は――私達は強制をするつもりはありません。その力をどう使おうが責めるつもりはありませんし、貴女がピンチに陥れば今の様に無償で助けて差し上げましょう……この私にできる範囲で。
ただ――
ただ、この答えだけは出しておいて下さい。
このまま何もかもを奪われ、人間の欲望の中に消えていくか
私達自身のために、人間によって醜く変わっていく世界に抗い続けるか
貴女がどちらを選ぶか、ね』
――ボク、は…………
……決断の時は近い
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