幻想の夢
―第一話 第四章 A―
著者:蒼夜


「ティニスッ! 良かった……無事で……っ!」

「ツェ……ツェ……?」

 見慣れた天井、見慣れた家具――見慣れたボクの部屋。見慣れない彼女の涙を止めようと、ボクは手を伸ばした。

「あ……れ?」

 けれど、手はちっとも動いてくれなかった。どれだけ力を込めても、身体中に力が入らない。
 いったい、ボクの身体はどうしたというのだろうか。

「無理しちゃだめだよ! さっきまで捕まってたんだから!!」

「捕まって……? あぁ、リーネフが助けてくれたんだっけ……」

 ボクは全部を思い出した。
 あのカメラを持ったお兄さんと戦って、一瞬、カメラの中に封じ込まれてしまったのだ。魂を抜き取る物だとは噂で聞いていたけど、まさか身体ごと封じられるとは思ってなかった。
 あの時、リーネフが来てくれなかったらボクは……

「あれ? リーネフは?」

 あのエセ神父がいない。そして、彼から借りた力も、今でもボクの中にあるままだ。
 ボクは彼の計画を壊すような事をしてしまったのだ。だから、てっきり取り返されてると思ったけど。
 ボクの疑問に、ツェツェはどこか言いにくそうに答えた。

「……今、軍の人を私の家に誘導してる。私を探してる旅人さんと会わせるって」

「それってツェツェの家が戦場になるってこと!?」

 軍の人間達はボクを――いや、ここにいる幻想を狙ってる。
 ボクが戦った旅人は何者かは解らない。けど……幻想を知って、幻想を扱える存在だ。だったら、うまく行けばボクと間違えられるかもしれない。少なくとも逃げる時間はできる。ボクは、助かる。
 だけどそれは――

「止めないと! あの家は、あの人とツェツェの!!」

 ボクは無理矢理身体を起こす。
 この際、ボクのことなんてどうでもいいことだ!なにがなんでもあの家を――

「いいの!!」

いつもより力強く、そして震える手が触れる。立ち上がりかけたボクを、ツェツェは押し止めた。

「ツェツェ……?」

「家なんかどうでもいいッ! 私はっ!! ……私は、もう家族がいなくなるなんて絶対に嫌だよッ!!!」

 目に目一杯の涙を溜めてツェツェがボクに懇願する……ボクは何も出来ずに、ただボク自身の不甲斐なさを悔やむしかなかった。
 そう、あの時も今も。
 もっと、もっと、ボクに力があれば……
 あの人を……あの人の子供を……あの人とツェツェの家を……
 不意に、ボクの頭にリーネフとの約束がよぎった。

『私は――私達は強制をするつもりはありません。その力をどう使おうが責めるつもりはありませんし、貴女がピンチに陥れば今の様に無償で助けて差し上げましょう……この私にできる範囲で。
 ただ――
 ただ、この答えだけは出しておいて下さい。
 このまま何もかもを奪われ、人間の欲望の中に消えていくか
 私達自身のために、人間によって醜く変わっていく世界に抗い続けるか  貴女がどちらを選ぶか、ね』

――ボク、は…………

……決断の時は近い


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