――夢を見ていた。
普通ならわかるはずもない、そんな感覚を意識できたのは……きっともう起こりうる事のない事が目の前にあるからだと思う。
見上げると、そこにあるのは今と変わらない空。だけど、その空は今よりももっと澄んでいて、汚される前のずっと綺麗な空だった。
――これはきっと昔の夢だ。
そう思うのはそんな懐かしい空以外にもう一つ理由があった。
『お〜い、ティニス〜』
ボクが好きなこの森の中でもさらに高い木の枝に寝っ転びながら空を見上げていると、そんな低い……だけど擦れた男の人の声が聞こえてきた。
「うん、なにぃ?」
その声の主がやってきてくれた事が嬉しくて、胸を弾ませながら返事をする。
そして、その数年前よりもさらに衰えた……だけど大好きな姿を見つけてボクは木から飛び降りて、その人の前に立つ。
『おぉ、ティニス。ここにいたのか』
「ここにいたのかって……ボクはいつもここにいることくらいしってるでしょ?」
『知っておっても、たまにはいなくなるものだろう?』
ボクはエルフだ。
しかも、その中でも特殊な……。
だから、ボクには長い間話し相手がいなかった。
そんなボクにとってこの男の人の存在がとてもうれしくてしょうがなかった。
多分……ボクにとってはじめての話相手だったから。
『ティニス』
「なんだい?」
『今日は里まで降りて来いと言っておいた筈じゃが?』
「えっと、君の孫が生まれるんだっけ?」
『正確には生まれたんじゃ。だからこれからワシの家で祝いをするからこいと言っておっただろ?』
「ボクはいいよ」
『なんでじゃ?』
「ボクは君の家の家族じゃないし、その上人間ですらないよ。それなのに君の家族の祝いの席になんていけるわけないだろ?」
『ワシはティニスの事を家族だと思っておるのだが?』
「へ?」
その人のそんな言葉を聞いた瞬間。ボクの顔が火照るのがわかる。
真っ赤になるその頬を見られるのが恥ずかしくて、自分の両手で顔を隠してしまう。
『はっはっは。ティニスはもう、ワシにとっては孫も同然じゃよ』
「ああ、そう……」
なんか、脱力した。
『だからのぅ、今日はティニスにとっても妹の誕生祝いなんじゃ。だから来なさい』
そう言ってその人はボクの腕をとって町に向かって歩き出す。
その腕の温もりを感じながら、自然と笑顔になっていた。
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