「あぁ、いやいやぁ。そんなに身構えないで下さいよぉ」
「貴方は……?」
僕の前に現れたのは――一人のメガネをかけた神父だった。
ニコニコと笑顔を浮かべた神父は、僕に何気ない動作で手を差し伸べる。友好的な仕草に、僕も思わず手を伸ばしかけた。
「私ですか? 通りすがりの神父兼エクソシストのようなものをしている、リーネ――」
「フラン! そいつから早く離れろ!!」
オルムの焦り声に、僕は警戒心を取り戻した。
自分でも驚くような早さで、触れかけていた手を引き戻す。神父はただ目を伏せ、残された手のひらを背中に隠した。
今思えば、僕は随分うかつだったのだろう。今の今まで文字通り森が暴れていたのだ。ただの人間が近づこうとするはずがないし、ただ者じゃない人間だって此処に近づこうと思わない。
つまり、この神父は……
「……やれやれですねぇ。せっかくだから自己紹介を、と思ったのですがねぇ。これだから悪知恵ばかりで何も信用できなくなった蛇はいけません」
(まさかオルムの事を知ってる!?)
今までオルムがカメラの中に居る事に気付いた人は少なからずいた。けど、それに一瞬で気付いた人はいなかったし、オルムの正体をここまで正確に言い当てた人もいなかった!
僕が手にしたカメラ越しで、オルムが息を飲んだ。
「テメェ、何モンだ?」
「先ほど紹介しようとしていたのですがねぇ。リーネフ、ですよぉ。以後お見知りおきを、神の御使いの少年さん」
「……もう一度聞くぞ。テメェ、何モンだ?」
「さぁて、何者なのでしょうねぇ?」
「おちょくってんのかテメェ!?」
「と、言われましてもねぇ……今は貴方達に構っている暇はないので――」
恭しく、リーネフが頭を下げる。その首にかけられたクロスが、怪しく光った。
「――返して頂きますよぉ、我が同胞を!」
それは一瞬の出来事だった。
「「…………ッ!?」」
リーネフの姿が消えた。木も、草も、鳥も、虫も、何もかもが……闇に消えた。
いや、違う。月が隠されたのだ。月明かりが消え、目が何も映せなくなっただけで、彼らはまだ此処に居る。
だが、それが解ったところで意味なんてなかった事を直ぐに僕は思い知る。
「それでは、さようなら」
月が戻った頃には森は傷跡すらなく元に戻り、
「チッ!やられちまった!!」
リーネフの姿は――そしてカメラに捕えていたはずのティ二スの魂さえも、完全に此処から消えていたのだから。
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