幻想の夢
―第一話 第三章 @―
著者:B-ta




「あ〜あ。嫌だねぇ〜」

 ゆっくりと揺れる開発されたばかりの木造の車の中。外から流れる風を感じながら一人の男がそう呟く。
 外に広がるのは大草原。そこに視界を遮るものなど何もなく、故に彼の気を害する物は何もないはずだった。
 だからこそだろうか。隣に座っていた少女は意味がわからないと言った様に首をかしげながら問いかける。

「なにが、いやなの?」

 その少女を一言であらわすなら、まるで”妖精”のようだった。
 冬の夜を彩る雪のように白く美しい肌、それを彩るように飾られた紅い髪。そして、透き通る南の国の海のように綺麗なエメラルドグリーンの瞳を持つその少女の容姿は、同時に存在しえないものが兼ね揃っているが故にか、この世のものとは思えないほど幻想的で美しかった。
 そんな少女の歳は10歳くらいだろうか。
 まだ未発達の四肢と体で、自分の身の丈よりも大きな長い袋を持っている。
 だが、妖精のようとは。自分で言っておきながら不吉なモノだ。男はそう思っていた。

「いや、これからの仕事の事だよ……」

 そうだ、これから男たちがやろうとしている事とは……その妖精に近い者を殺すということだからだ。
 そんな風に自分の考えの皮肉を嘲るように軽く笑おうとすると、急にやってきた頬に感じる激痛に意識が飛びそうになる。

「ダメ」
「いってぇなぁ……何すんだよ。リイン。急に人の頬を叩くこたぁねぇだろ?」
「仕事の事を悪く言っちゃダメ」
「といわれてもなぁ……」

 今回の仕事というのは、とある森のエルフを殺せ……と言うものだった。

「やっぱり。正直は話、気が進まねぇなぁ」
「なんで?」
「なんでって……たかがエルフくらい。その辺の餓鬼にでもまかせればいんだよ。俺みたいなプロの出る幕じゃねぇ」
「随分と余裕ですなぁ。夢喰い殿」
「あん?」

 幼い少女――リインと呼ばれた少女と男の会話に割り込むように、40過ぎの口元に勇ましい髭を生やした男が口をはさむ。

「あ、そういえばいたんだっけ。軍団長閣下」
「いた。ああ、いたさ。ずっと貴様の前の席で座っておったわ」
「あ、そいつぁ失礼した。俺は忘れてしまうたちでしてねぇ」
「まったく……領主殿も何を血を迷ったのだか。こんなどこぞの馬の骨のかけらともわからぬ輩に魔物討伐を命ずるとは……全く理解に苦しむ」
「おっと、俺は馬の骨にすらなれないのかね?」
「貴様のようなゴロツキは、今回の作戦を見届けるだけでよい」
「ほぅ、見届けるだけ……とな?」
 軍団長の言葉を聞き、男は笑う。まるで、軍団長が行った事を嘲るように。
「なにがおかしい?」
「いや、失礼した。失礼ついでにもう一つ聞いておこうか」
「何をだ?」
「貴殿らの武器はなんだ?2
「ふん、そんな物。我が国が最新鋭の銃器達だ。100メートル離れた林檎ですら撃ち落とす事の出来るライフルに火炎放射機を20丁づつ。さらに機関銃まで用意した。これだけ用意すれば、わが軍にまけなどありはしない」

 窓の外を歩く兵たちを指さしながら自慢げに話す軍団長。
 ああ、確かに。
 これだけあれば、一晩でその辺の森を焼け野原にすることぐらいならば簡単にやってのけてしまうだろう。
 だが……、それでも男はその様子を見て笑っていた。

「ああ、そうかい。おもちゃを持った大きな子供と言うのは、自信過剰になり過ぎて困るな」
「なん、だと?」
「貴殿らが戦おうとしているのはなんだ? 獣か? それとも同類の人間か? 違う。これは魔法だ。なら、魔法とはなんだ? 普段ならば決して我らに手を出してこない世界の真実と戦おうと言うのだ。たかだか人が作り出したそんなおもちゃでどうやって戦う?」
「貴様……我らを愚弄しているのか?」
「ああ、失礼になったか? そうか、失礼になったなら謝ろうか。すまなかったな」
「貴様、我らをどこまで馬鹿にしておるのだッ!」
「馬鹿にしてるように聞こえていたのなら。そうとらえればいい。だが、俺は忠告をしたのだ。人々が生み出した兵器では何もできんよ」
「うるさい! やはり貴様は後ろで待っておった方がいいようだ。貴様のような輩は団体行動を乱す! そんな奴は、わが軍にはいらぬ!」
「始めから貴殿らの軍に入ったつもりはないのだが?」

 男の言葉を聞き終わるよりも早く、軍団長は自らの席に帰ってしまう。
「やれやれ……これだからおたかい人と言うものは……」
「コラ」

 ――ガチンッ

「イタッ! まて、リイン。その袋で殴るのは止めろ! 頭がかち割れる」
「軍団長を怒らせてどうする」
「いや、だってむかつくじゃん」
「お前の機嫌で私の食費を減らすな」
「おいおい、まだ食べる気か? 前の街で山のように食っただろ?」
「私の胃袋は無限大だ」
「かっこつけてるつもりのか知らんが。全然かっこよくない……いや、もういいわ。なんか疲れた……」

 そう言うと、男は再びその背を木でできた堅い座席に持たれかけ、再び視線は窓の外へと向かう。
 しかしその瞳の先はどこに向かうともなく、宙に浮き続けていた。

「よかったな……」
「は?」

 おっと、しまった。
 気が付いたら男の口からはそんな一言が零れていた。
 それが無意識に言ってしまった一言であるが故に、男自身もその言葉の意味を理解しかねていた。
 いや、違うか。
 わかっているからこそ、この言葉が何を意味しているのかわかりたくなかったのだ

「いや、今回のターゲット」
「なにが、よかったの?」
「寿命が、一日伸びたな……」
「?」

 男の言った言葉がわからず、揺れる車の中。リインはその細い首をかしげていたのだった。

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