「私の家族を――ティニスを助けてください!!」
ツェツェは急にそんなことを言い出した。僕は片手にスプーンを握りしめたまま、固まっていた。寝起きの頭では何を言われているのかさっぱり分からなかった。
「えーっと、どういうこと?」
ツェツェは僕の向かいに腰かけると、神妙な面持ちで言った。
「実は、この村のすぐそばにある森に、明日軍がやってくるんです」
軍が出てくるということは、よほどのことなのだという察しはついたが、どういうことでそうなっているのか、ますます混乱した。僕はツェツェの言葉を待った。
「軍は、私の家族……ティニスがいる森を焼き払うつもりでいます。そして、ティニスは軍に対抗するつもりでいます。私にはティニスを止められなかった……。だからあなたに、ティニスを止めてきて欲しいんです!」
普通の人間なら、どんなバカだって軍に刃向おうなんてしないだろう。よほどの無謀か、あるいは……
「ティニスは……森に住んでいるエルフなんです」
そう、あるいは精霊などの力を持った者たちだ。僕も森の中でエルフに遭遇しているから、何となく予想はついていた。
「だけど、どうして僕になんか頼むの?」
「えっ、あ、えーと、ですねー……じ、実はですね、街で噂になっていたんです。悪魔を追い返した子がいるって」
あの時は誰も見ていないと思っていたけれど、きっと誰かの目に留まっていたのかもしれない。
だけど、僕が遭遇したエルフが軍を払いのけるだけの力を持っているとは思えなかった。だけど、それをツェツェに言うのは気が引けた。
「ところで、軍が森を焼き払うって何のために?」
「……ティニスを……殺すためです」
ツェツェは重苦しく言った。
「だから、っ……お願いです、……ティニスを、助けてくださいっ……」
ツェツェの瞳から零れ落ちた滴は、僕の心を動かすには十分だった。
「ねえ、やっぱりこれは放っておけないよ」
僕は部屋に戻り、カメラと――オルムと向かい合っていた。
「このままじゃ、ツェツェさんの唯一の家族がいなくなっちゃうかもしれないんだよ?」
軍が、森を焼き払ってでもティニスを殺そうとしている理由までは分からないが、そもそも森がなくなるということはこの街に住む人々にとっても大きな打撃であることに変わりはない。日々の食料の多くはこの森で調達しているからだ。
「ねぇ、オルム――」
『お前の仕事は、精霊を生かすことじゃねェ。分かってンのか』
「……」
そうだ。僕の仕事は……僕が任されたことは、精霊を生かすことではない。むしろ……。
僕は迷いを断ち切るように言った。
「だけど、僕は、それは嫌だ」
『オイオイ、じゃあ何のために仕事引き受けたンだよ』
「……」
僕は自分自身の未熟さに潰されそうだった。誰かを助けるために仕事を反故にするのか。両方を満たすような方法はないのか。僕はひたすらそればかり考えていた。
「だけど、……だけどっ」
人間が精霊の存在を信じなくなって、そしていつしか精霊は人間から知覚されることはなくなっていた。だから僕はその精霊をこの世界から消し去ってしまっても大丈夫だろうと心のどこかで思っていたのだろう。
だがそれは違った。エルフという精霊と、人間とが家族として成り立っている。その状況に直面して、僕はどうすればいいのか分からなかった。だから誰かに――オルムに決めて欲しいのだ。きっとオルムは、そんなこと分かりきっているのだろう。だってオルムは僕とは“格が違う”のだから。
『まあいい、お前が決めたことだ。好きにすればいい』
そう言って、それきり黙ってしまった。僕は思った。これはきっと、僕自身との戦いでもあるのだと。
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