幻想の夢
―第一話 第ニ章 G―
著者:蒼夜


ギシギシ、と階段を軋ませていく。初めは少しおっかなびっくり降りていたが、今ではこの音が心地よく感じていた。
 僕の頭が、少しずつ冷めていくのを感じる。
『ン……?』

「どうしたの、オルム?」

 リビングへ続くドアに手をかけた時、オルムが小さく呻いた。
『いや……なンかいけすかネェ臭いがしてな』

「? 僕は何も感じないけど」

 だいたいカメラに嗅覚はあるのだろうか。いや、そもそもただのカメラではないのだが。

『たりめェだ! お前と俺様は格がちげぇんだ!! だいたいな――』
「……はいはい」

 これまでの事を考えると、どうも話が長くなりそうだ。

『あ!? おぃ――』

 オルムの声を強制カット。この力だけは貰って良かったと切に思う。
 後で山のように文句が飛んできそうだが、耳元で公害レベルの雑音を聞きながら食事なんてしたくない。

「それにしても、今日は豪華だな」

 テーブルに並んだ料理の数々をもう一度眺めて、僕は唾を飲み込んだ。
 勿論、昨日の食事が貧相極まりなかったとかそういう訳ではない。値段を考えれば、間違いなく破格と言えるレベルだった。
 しかし、今日の料理はまた格が違った。

「どうしたんだろ? 何か良い事でもあったのかな?」
「あ、やっと起きましたね」

 料理に目を奪われていると、背中に鈴のような声がかかった。
 ツェツェというこの民宿を一人で切り盛りしている少女だ。ハキハキとして明るい彼女の態度は悪いものを感じない。

「えっと……おはようございま、す?」
「いや、こんにちはですよ! 全然起きてこないんで、心配したんですからね!!」
「すみません……」
「まぁほら、冷めないうちにちゃちゃっと食べちゃってください!」
「え、はい」

 食事前のお祈りを捧げ、スプーンを手にした。まずは美味しそうな匂いを出しているスープだ。

「あ、美味し――」
「……食べましたね?」

 ニヤっとツェツェがほほ笑んだ。

「………………へ?」
「実は……お願いがあるんです!」
「お願い……ですか?」
「私の家族を――ティニスを助けてください!!」

 急な話の展開に、思わず僕は言葉を失ってしまった。
 ツェツェの家族を、助ける? どういう事だろうか?

『おいおい……なンだかしらねェけど断われよ?』

 カットしたはずのオルムの声が聞こえた。

「なお――」

 確かに断るべきだ、とも思う。
 元々僕自身はただの人間だ。オルムの力がなければ魔法に立ち向かう事ができないどころか、普通の人間にすら僕は負けてしまうだろう。オルムが協力してくれそうにない上、どういう状況か解らない以上、断るべきだ。
 でも、とも思う。
 僕にできる事など殆んどない。オルムが協力してくれない。それが何だというのだろう?
 少しでも力になれる事があるならば、僕はきっと――

「そのスープは別料金です☆ 私のお願い、聞いてくれますよね?」

 ……僕に選択肢などなかった。

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