ギシギシ、と階段を軋ませていく。初めは少しおっかなびっくり降りていたが、今ではこの音が心地よく感じていた。
僕の頭が、少しずつ冷めていくのを感じる。
『ン……?』
「どうしたの、オルム?」
リビングへ続くドアに手をかけた時、オルムが小さく呻いた。
『いや……なンかいけすかネェ臭いがしてな』
「? 僕は何も感じないけど」
だいたいカメラに嗅覚はあるのだろうか。いや、そもそもただのカメラではないのだが。
『たりめェだ! お前と俺様は格がちげぇんだ!! だいたいな――』
「……はいはい」
これまでの事を考えると、どうも話が長くなりそうだ。
『あ!? おぃ――』
オルムの声を強制カット。この力だけは貰って良かったと切に思う。
後で山のように文句が飛んできそうだが、耳元で公害レベルの雑音を聞きながら食事なんてしたくない。
「それにしても、今日は豪華だな」
テーブルに並んだ料理の数々をもう一度眺めて、僕は唾を飲み込んだ。
勿論、昨日の食事が貧相極まりなかったとかそういう訳ではない。値段を考えれば、間違いなく破格と言えるレベルだった。
しかし、今日の料理はまた格が違った。
「どうしたんだろ? 何か良い事でもあったのかな?」
「あ、やっと起きましたね」
料理に目を奪われていると、背中に鈴のような声がかかった。
ツェツェというこの民宿を一人で切り盛りしている少女だ。ハキハキとして明るい彼女の態度は悪いものを感じない。
「えっと……おはようございま、す?」
「いや、こんにちはですよ! 全然起きてこないんで、心配したんですからね!!」
「すみません……」
「まぁほら、冷めないうちにちゃちゃっと食べちゃってください!」
「え、はい」
食事前のお祈りを捧げ、スプーンを手にした。まずは美味しそうな匂いを出しているスープだ。
「あ、美味し――」
「……食べましたね?」
ニヤっとツェツェがほほ笑んだ。
「………………へ?」
「実は……お願いがあるんです!」
「お願い……ですか?」
「私の家族を――ティニスを助けてください!!」
急な話の展開に、思わず僕は言葉を失ってしまった。
ツェツェの家族を、助ける? どういう事だろうか?
『おいおい……なンだかしらねェけど断われよ?』
カットしたはずのオルムの声が聞こえた。
「なお――」
確かに断るべきだ、とも思う。
元々僕自身はただの人間だ。オルムの力がなければ魔法に立ち向かう事ができないどころか、普通の人間にすら僕は負けてしまうだろう。オルムが協力してくれそうにない上、どういう状況か解らない以上、断るべきだ。
でも、とも思う。
僕にできる事など殆んどない。オルムが協力してくれない。それが何だというのだろう?
少しでも力になれる事があるならば、僕はきっと――
「そのスープは別料金です☆ 私のお願い、聞いてくれますよね?」
……僕に選択肢などなかった。
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