幻想の夢
―第一話 第一章 C―
著者:B-ta


 空に昇る日がまだ天頂をさすよりも少し手前のこの時間。
 僕は昨日と同じように、泊まった町から馬車で2時間ほど走った森の前までやってきていた。
 周りを見渡せば、昨日と変わらぬ緑色の大草原。森の隙間を吹き抜ける風は、やはり緑の匂いがして僕の心を優しく包もうとする。
 ……だが、僕の中の気持ちは昨日とは全く違っていた。

「ふ、ふふふ……」

 ふいに僕の口から零れる不気味な笑い声。
 普段の僕ならばそんな笑い声など、決して出てこないだろう。だが、今の僕は”普段の僕”ではない。
 今の僕は――そう、きっと魔王だ。
 この世から理と言う名の法則を壊す魔王。
 故に僕はこの森に住むと言う一つの”幻想”と言う名の理の住人を滅ぼすために、その一歩を森に向かって踏み出す。

「ふふふ……穢れ多き幻想よ。我が鉄槌にて、この世から消し去ってくれるわ!」
『おい、フラン』
「なんだよオルム。せっかく気分が乗ってきたのに。邪魔をしないでよ」
『さっきからなんだよ。その意味のわからんテンションは。お前、ンなキャラだったか?』

 魔王である僕の姿を見て不信感を抱く相棒――オルムがそんな言葉をこぼす。
 だが、そんな言葉を聞いても僕は止まらない。否、止まることなどありえないッ!

「あのね、オルム」
『なんだよ?』
「遥か東の地には《食べ物の恨みは怖い》って言葉があるの。知ってる?」
『俺は今のお前が怖い……てか、性格変わり過ぎだ。そんな雰囲気を出してたら、その幻想の民もでてこなくなるだろうが』

 ――あ。

『んな事も分からんのか、このど阿呆がぁ! イッペン死んで、神に謝ってからもう一度生まれてこい!』
「ひどい、何もそこまで言わなくてもいいじゃないかぁ」
『うっせぇ、とにかく行くぞ!』

 何の力もないカメラのはずなのに、そのついている紐で僕の首を引っ張り、せかされるような感覚にとらわれる。
 まったく、なんでこうもこいつは何の変哲もないガラクタのはずなのに。なんでこんなにも迫力というものがあるのだろうか。

「……ん?」

 そんな事を考えていると僕の後ろに誰かがいる気配がした。

 ……いや、そんな事はありえないはずだ。

 先ほどまでは僕の周りに広がるのは大草原のみ。
 そこに人の姿などなかったし、ましてや隠れる場所など皆無だ。
 なのに、僕の後からは”誰か”がいる……。
 そんな確信だけが今の僕の中に確かにあった。
 ――そして、

「ねぇ、お兄さん。僕とアソボウ」

 少年のような幼い声が僕の耳に届いたのだった。

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