『本当に、んな伝説があんのかよ』
見上げるほど高い木々。
それは幾年もの歳月をかけて育った証拠だ。そしてそんな木々は見上げる者を黙って見下ろす。それが長い世を生きてきた者として。世界に先に生まれてきた者として。その存在を人に知らしめている。
そんな木々が織りなす一つの里。
小さな若い木から、大きな長寿の木々まで。それはただ必然とそこにあり続けていた。
そんな木々の里……つまり大きな森を前に、僕は黙ってその雄大さを感じていた。
『なあ、聞いてんのかぁ〜?』
ああ、なんて世界は綺麗なのだろう。
森の中を通り抜ける風。特有の優しい匂い。暖かな温もりを手にしながら流れゆくそれは、僕を包み、その見えない姿を僕に感じさせる。
それは本当に一瞬だ。一秒よりも短い時間しかない風。だけどそれは確かにそこにあって、僕の中に大切な何かを残してくる。
そんな時間はとても幸せで。だからこそ何度でも感じていたかった。
『なぁ〜……お〜〜〜〜い、聞いてんのかぁ〜?』
だが、そんな幸せな時間は唐突に終わりを迎える。
それは紛れもない。相棒の手によって。
「うるさいなぁ〜……」
不意に不満の声が僕の口からこぼれる。
『あれだぜ。お前が俺の声を無視するからいけねぇンだぜ?』
小さい、本当に小さいはずだったはずの僕の声に反応をする一人の男の声。だが今の僕は一人だ。周りを見渡しても目の前の森以外は見渡す限りの大草原。そこに人影どころか、鳥の姿すら見当たらない。
「僕は自然が大好きなんだ。そんな自然を満喫できているのに……邪魔をしないでよ」
『俺たちは観光のために来たわけじゃないぜ?』
だが、それでも声は聞こえる。それは隣よりももっと近い場所から。
「知ってるよ。だけど、少しくらい楽しんでもいいと思わない?」
『俺は全然楽しくない』
「君の事なんて知らないよ。僕は、僕の楽しみを感じていたいだけだ」
『そいつはひでぇぜ、フラン』
それは僕の胸から聞こえてくる。
そこにあるのは一つの機械。四角い箱のような物に丸いレンズがついた変わった形をしているそれは、『カメラ』と言うものだった。
レンズが付いている所についている扉。そこに『フィルム』と言うものを入れて『ぴんと』とかいうものを合わせて上の部分にあるボタンを押すと写真が撮れるらしい。使った事がないので、僕には詳しい事はわからないけど……。
『なあ、フランよ』
だが、それは普通のカメラではなかった。
確かに僕の耳に届くその声は、僕が首から下げているそのカメラから聞こえていたのだ。
「なに?」
『だから言っただろ? 本当にんな伝説があてになンのか……ってよ』
「それはわかんないよ。だけど、それで町の人が迷惑をしてるのも事実でしょ?」
『あいつら、信用できねぇぜ? 俺の言う事まったく聞いてなかったしよぉ』
「そりゃ聞こえるわけないよ」
そうだ。普通の人はこの声が聞こえない。
「だって、君の声が聞こえるのは僕だけでしょ?」
僕のカメラ。使う事のないカメラには普通ではありえない事が起きていたのだ。
『そりゃ俺だって知ってる。だけど、この伝説にゃあんまり関わりたくねえんだよ』
「なんで?」
『わかんねぇけどよぉ〜……なんか、嫌な予感がするだよ』
「ははは。魂だけの存在が何を言ってるんだよ」
そう、僕のカメラには魂が宿っている。
それは人が知るはずもない事。人には決してわかるはずのないことだった。
人は幻想を拒否したから。
人は科学を信じたのだから。
だから人は幻想を見る事が出来ない。神が幻想を隠してしまったのだから。人はその幻想に触れることすら叶わない。
だから幻想の存在である僕のカメラに宿る魂の声は他の人に聞く事が出来ないのだ。
「まあ、なんにせよ。調べないと帰れないからね」
そう言って森の中を横切るように続く道に一歩足を踏み込む。
「だから、さあ行こうか。オルム」
相棒の名を呼び僕は森に足を踏み入れたのだった。
……だが、
「う……うわああああああああああああああああああああ!」
突然足もとの感覚がなくなったと思ったら、今度は視界が逆転する。
『だから、嫌な予感がしたって言ったんだ……』
僕は、落とし穴に落ちていた。
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